正義の人に必要なのは躊躇い【人生&トラブル】

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この記事では正義の意味と誤用を論じ、正義の暴走を防ぐ方法を書いています。

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正義はあんがい怖い

悪を薦めるつもりは毛頭ありません。

けど、正義の人はけっこー怖いものです。

正義の人は、正しいことを正しく行うのが好きです。

そのなかの一部の人は「自分は正しい。間違っていない」と素朴に感じちゃってるから、正しくない人に対して極めて冷淡です。

そーゆー人は、正義なら悪に対して何やってもよいという暗黙の前提があるのでそうなるのです。

おおよそ全ての戦争は正義を理由にはじまりますから、正義はとても危険で取り扱いが難しいんです。

正義の意味と誤用

本来、正義とは自由と平等を担保した状態という意味です。

このあたりはロールズが徹底的に論じています。

だから、正義は正しくない人に対する攻撃の口実にはなりません。

なりよーがないんです。


ところが、一部の正義の人は正しいことが他者への攻撃の理由として機能しちゃいます。

私は正しく、相手が間違っているんだから何してもよい、という飛躍がどっかで起こるんです。

正義がお墨付きになっているから、とーっても厳しくあたることができます。

これは、正義への誤解がなせる技です。

しかし、誤解の常として、誤解している人は誤解し続ける限りにおいて自分が誤解していることに自覚的になれません。

だから、正義が生みだす恐怖の連鎖はなかなか断ち切れない。

正義に必要なのは躊躇い

ここまでくると、正義の人に必要なのは躊躇いだということがわかるはずです。

ほんの一瞬でもよいです。

「自分は正しいけど、相手は間違っている」と感じちゃった人は「ほんとーにそう言えるのか」と逡巡してみましょう。

何が正しいかは目的と状況によって変わりえます。

私にとっての正義はあの人にとって悪かもしれない。

その可能性をちょっぴり頭に浮かべるだけでよいんです。

それによって少しでも正義の暴走にブレーキをかける機会が得られたら、もうけもんじゃないですか。

まとめ

悪を推奨しませんが、正義の暴走もかなり怖いです。
「私は正しい」と感じるときこそ、「もしかしたら間違っているかも」と逡巡できるようになれば、暴走することなく正しさにめがけられるでしょう。
正しいと思うときこそ、戦略的に躊躇いましょう。

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信念対立解明アプローチ

本記事の背景にある理論的立場は信念対立解明アプローチという哲学的実践論です。

詳しく知りたい人は以下からどうぞです。

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