うざい!「べき論」にしたがう道理はない

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きょうごく
本記事では「『〜するべきである』という押しつけ系の意見にはしたがったほうがいいの?」という疑問にお答えします

本記事のポイント

  • べき論には原理的な根拠なし
  • べき論ががしんどいなら、そこからはみ出したってよいです
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べき論は趣味の問題です

「〜しなければならない」とか「〜するべきである」なんていう考え方は、ほとんどが生き方の幅をせまくする割に、これといった原理的な根拠がありません。

ちょっと疑えば、たいていがうさんくさいものばかりです。

例えば、「自己決定は尊重するべきだ」と言われたとしましょう。

これは一見すると正論なので、したがうしかないと感じちゃうかもしれません。

もちろん、相手の判断力が十分な人であれば、この意見にしたがった方がいいです。

でも、さまざまな理由で判断力に問題がある場合は、その限りではありません。

判断力に問題がある場合、自己決定によって本人にとりかえしがつかない不利益が生じることがあるからです。

この例に限らず、べき論には特権的な根拠がないので、文脈ひとつで意味がどうとでも変わります。

しっかりした基礎づけがないならば、「〜しないと認められない」などの考え方にしたがうかどうかは、単なる趣味の問題だという話になります。

趣味とは、することが楽しい営みです。

なので、べき論にそって生きることが楽しいなら、ぼくがいうことは特段何もありません。

でも、「〜でなければならない」などと思うことで、しんどいなら話は別です。

もっと気楽に生きたらよい

ほとんどのべき論に原理的な底板があるわけではありません。

だから、それにしたがうことがしんどいなら、別にルールからはみ出したってよいのです。

「ルールから逸脱すると周囲の人から批判されるかも・・・」と心配になるかもしれません。

でも、それによって他者に迷惑をかけなければ批判される道理はないんです。

だって、これは趣味の問題ですから、例えばテニスが趣味の人がサッカーが趣味の人に「それは間違っている!」と批判したらめっちゃおかしいですよね。

そういうこと言う人はいますけど、そもそもおかしい批判なんです。

だから、批判者に実際の害を与えていない限りにおいて、まったく気にしなくてよいのです。

「あなたは『〜すべき』なのにそれにしたがわないから私の気分を害した」などと言ってくる人もいるかもです。

しかし、それもまたお門違いです。

「〜するべきである」という主張は一見すると強い言明なので、それに従わないと不味いのかなぁと思いがちです。

しかし、そんなことはまったくありません。

「べき論」がしんどいと感じちゃう人は、もっと気楽に生きたらよいんですよ。

まとめ

本記事では「『〜するべきである』という押しつけ系の意見にはしたがったほうがいいの?」という疑問にお答えしました。

最初はなかなか戸惑うかもしれませんが、べき論には存在論的根拠がないので、しんどいなら適当に無視しちゃってもよいです。

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