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【第6回】作業療法におけるリーズニングプロセス【Web連載】

京極真
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 作業療法は、日常生活を構成する作業(仕事、遊び、余暇、日常生活活動、手段的日常生活活動、教育、社会参加、休息、睡眠、健康管理)を可能にすることによって、健康や幸福を促進させることを目指す包括的なアプローチを提供しますが、このプロセスに欠かせないのが「リーズニングプロセス」です。

 しかし、このリーズニングプロセスが何を意味し、どのようにして作業療法の実践に組み込まれているのかについては、しばしば明確な理解が欠けています。本記事では、作業療法におけるリーズニングプロセスについて解説していきます。

 作業療法士が日々の実践で行う作業療法リーズニングは、単純な直感や思考以上のものです。緻密な理論的背景に基づくこのプロセスは、クライエント一人一人の個別のニーズに応じた最適な介入を導き出すために不可欠です。この記事を通じて、読者はリーズニングプロセスを理解し、より効果的な作業療法リーズニングを行うための知識を深めることができます。

 なお、作業療法リーズニングの詳細については、私が編著者の1人を務める『作業療法リーズニングの教科書』で詳しく解説しております。本記事とあわせてお読みいただけるとうれしいです。

作業療法におけるリーズニングプロセス

 作業療法におけるリーズニングプロセスは以下の3つがあります[1]。

  • ボトムアップリーズニング
  • トップトゥボトムアップリーズニング
  • トップダウンリーズニング

 本記事ではこれらのリーズニングプロセスの概要を解説します。

ボトムアップリーズニングプロセス

 ボトムアップリーズニングプロセスは、心身機能障害や環境因子から始まり、それらがクライエントの作業機能に与える影響を予測する思考法です[1]。これは、特に医学モデルが強く影響を及ぼす現場での作業療法士にとって身近なアプローチです。

 例を挙げてみましょう。脳血管障害を持つクライエントの場合、このプロセスではまず、麻痺側上肢の機能状態を評価します。作業療法士は、その評価結果を基に、クライエントの作業機能にどのような影響が生じるかを推論します。これにより、作業療法士はクライエントの状態に応じた具体的な介入計画を立てることができます。

 ボトムアップリーズニングプロセスの最大の利点は、心身機能障害や環境因子に関する深い洞察を提供することにあります。これにより、作業療法士はより詳細な評価を行い、それぞれのクライエントに最適な介入を計画・実行することができます。また、このリーズニングプロセスは、様々な医療環境や患者の状況に柔軟に適応することができます。

 しかし、このプロセスには欠点があります。作業機能障害は、必ずしも心身機能障害や環境因子によってのみ規定されるわけではありません。これは、ボトムアップリーズニングプロセスに従う作業療法士が、作業機能障害の理解においてギャップを抱える可能性があることを意味します。そのため、ボトムアップリーズニングプロセスは、作業療法士が本来解決することが期待される作業に関連した諸問題の理解で難渋しがちです。

 ボトムアップリーズニングプロセスは、心身機能障害や環境因子に焦点を当てることで、作業療法士はより深い理解と洞察を得ることができます。しかし、このアプローチは、作業機能障害の理解で深刻なギャップをもたらす可能性があることを認識しておく必要があります。

トップトゥボトムアップリーズニングプロセス

 トップトゥボトムアップリーズニングプロセスでは、まず作業機能障害を把握し、次にその背後にある心身機能障害や環境因子を評価し、最終的にこれらの要因が作業機能障害にどのように影響しているかを解釈します[1]。このアプローチは、作業療法士がクライエントの作業機能障害の理解からはじめる点でボトムアップリーズニングプロセスとは異なります。

 例として、うつ病を患うクライエントを考えてみましょう。このリーズニングプロセスを用いると、作業療法士はまず面接を通じてクライエントが認識している作業機能障害を特定します。次に、心理社会面や環境面の評価を行い、なぜそのような作業機能障害が起こっているのかを理解しようとします。このプロセスにより、作業療法士はクライエントの状況をより深く理解し、適切な介入計画を立てることが可能になります。

 トップトゥボトムアップリーズニングの最大の利点は、作業機能障害をより直接的に捉えることができる点です。ボトムアップリーズニングプロセスと比較すると、このリーズニングプロセスでは、まず作業に焦点を当て、それから背後にある心身の問題や環境の問題を考慮に入れます。これにより、作業療法士は作業機能障害をより具体的かつ直接的に理解することができます。

 しかし、このリーズニングプロセスにも欠点があります。作業機能障害の実態を把握するためには、実際の作業遂行や作業参加の様子を観察・評価することが重要ですが、トップトゥボトムアップリーズニングプロセスではこれが必ずしも行われません。これにより、作業療法士は作業機能障害の全体像を捉えるのが難しくなる可能性があります。

 トップトゥボトムアップリーズニングプロセスは作業療法において重要な思考法であり、クライエントの作業機能障害を理解し、適切な介入を行うために使えます。しかし、このリーズニングプロセスには、実際の作業遂行や作業参加の観察が必ずしも含まれないという限界があります。

トップダウンリーズニングプロセス

 トップダウンリーズニングプロセスでは、まず面接を通じて作業機能障害を把握し、次に実際の作業機能(作業遂行や作業参加)の観察を行います[1]。心身機能障害や環境因子の評価は、これらの情報に基づいて必要な場合に行われます。このリーズニングプロセスは、作業療法士がクライエントの作業機能障害をより深く理解し、効果的な介入計画を立てる上で不可欠です。

 例えば、大腿骨頸部骨折を持つクライエントの場合、作業療法士は面接でクライエントが服を着替える際や家事を行う際に困難を感じていることを把握します。次に、これらの作業を実際に行っている様子を観察し、評価します。この情報をもとに、関連する心身機能障害や環境因子について評価し、最終的にはこれらの評価結果を総合して介入計画を立てます。

 トップダウンリーズニングプロセスの最大の利点は、作業療法士が作業機能障害という本来の問題に焦点を当て続けられることにあります。このリーズニングプロセスを用いることで、作業療法士はクライエントの日常生活における具体的な困難に対処し、生活の質を向上させるための介入を行うことができます。

 しかし、このアプローチには欠点もあります。特に急性期のように作業機能障害の解決が優先されない文脈では、このリーズニングプロセスが機能しづらい場合があります。このような状況では、他のリーズニングプロセスを用いることが重要です。

 トップダウンリーズニングプロセスは、作業療法士がクライエントの作業機能障害に対してより効果的に介入するための重要な思考法です。しかし、その適用はクライエントの状態や介入の段階によって柔軟に変更する必要があります。このプロセスを適切に活用することで、作業療法士はクライエントにとってより良い結果をもたらすことができるでしょう。

トップダウンリーズニングプロセスと作業療法

 作業療法におけるリーズニングプロセスの中で、トップダウンリーズニングプロセスは、本来の作業療法を実行するうえで最も適しています[1]。本来の作業療法とは、クライエントの作業機能障害を解決するために、作業自体を活用することを指します。この目的を念頭に置いたとき、トップダウンリーズニングプロセスはうまくマッチします。

 他のリーズニングプロセス、すなわちボトムアップリーズニングプロセスやトップトゥボトムアップリーズニングプロセスでは、作業機能障害からの思考が逸れることがあります。これらのリーズニングプロセスでは、作業機能障害という根本的な問題を解決するために作業を直接活かすことが難しい場合があります。これは、これらのプロセスが作業機能障害に対して間接的なアプローチを取る傾向があるためです。

 一方、トップダウンリーズニングプロセスは作業に密接に関連しています。このプロセスでは、作業療法士はまず作業機能障害を明確にし、その後、作業機能に影響を与える心身機能障害や環境因子を考慮に入れます。このように、作業機能障害に焦点を当てることで、作業療法士はクライエントの日常生活における具体的な困難に直接対応することができます。

 ただし、繰り返しますが、このリーズニングプロセスが全ての状況に適しているわけではありません。特に急性期のクライエントの場合、トップダウンリーズニングプロセスは必ずしも適切ではないことがあります。このような文脈では、作業療法士はトップダウンリーズニングプロセス以外の思考法も柔軟に用いる必要があります。

 トップダウンリーズニングプロセスは本来の作業療法に適した思考法ですが、作業療法士は様々なリーズニングプロセスを状況や目的に応じて使い分けることも必要です。このようにして、作業療法士はクライエントに最適なケアを提供することができるでしょう。

リーズニングプロセスと5つの作業療法リーズニング

 ここまで作業療法におけるリーズニングプロセスについて解説してきましたが、作業療法リーズニングには5つの主要なパターンがあります。それは、科学的リーズニング、物語的リーズニング、実際的リーズニング、倫理的リーズニング、相互交流的リーズニングです[2]。この5つの作業療法リーズニングとリーズニングプロセスはどのような関係にあるのでしょうか。

5つの作業療法リーズニング

 まず、5つの作業療法リーズニングについて解説すると、科学的リーズニングは、クライエントの状態を客観的に理解し、最善の介入介入を決定するための論理的な思考法を指します[2]。科学的リーズニングでは、エビデンスに基づく実践や臨床データを用いて、クライエントのニーズに対応します。このリーズニングでは科学的知識が重要な役割を果たします。

 物語的リーズニングは、クライエントの個人的な物語や経験を深く理解することに焦点を当てた思考法です[2]。物語的リーズニングを用いることで、作業療法士は作業的存在としてのクライエントをよりよく理解し、介入プランに反映させることができます。

 実際的リーズニングは、クライエントの介入に関わる状況を考慮する思考法です[2]。実際的リーズニングでは、作業療法が行われる環境、資源の可用性、社会的文化的要因などの文脈が重要視されます。

 相互交流的リーズニングは、クライエントとの相互作用に重点を置く思考法です[2]。作業療法士はクライエントの視点を尊重し、そのニーズや感情に対応するためにコミュニケーションや関係構築のスキルを用います。

 倫理的リーズニングは、何が道徳的に正しく、クライエントにとって適切なのかを判断するための思考法です[2]。倫理的リーズニングは、クライエントの自律性を尊重し、平等なケアを提供するために不可欠です。

 これら5つのリーズニングを適切に組み合わせることで、作業療法士はクライエントの複雑なニーズに対応し、効果的な作業療法を提供することができます。それぞれのリーズニングは、クライエントが直面する独特の課題に対処するために、異なる思考法を提供します。作業療法士は5つのリーズニングを柔軟に用いることで、クライエント一人ひとりに合った個別の介入計画を作成し、クライエントの生活の質を向上させることができるのです。

リーズニングプロセスと5つの作業療法リーズニング

 それに対して、リーズニングプロセスは作業療法士が着眼する情報が作業にあるのか否か、そして実際にどのような評価を用いるのかに焦点を当てており、5つの作業療法リーズニングとは異なる側面を捉えています。

 まず、ボトムアップリーズニングプロセスでは、作業療法士は心身機能障害や環境因子の評価からリーズニングを開始します。このアプローチでは、作業機能障害に関する考察は、これらの初期評価の結果から導き出されますが、作業機能障害自体の詳細な調査は必ずしも行われません。

 次に、トップトゥボトムアップリーズニングプロセスでは、作業療法士は最初に作業機能障害に焦点を当てます。しかし、その後のプロセスでは心身機能障害や環境因子に重点が移り、実際の作業機能障害の観察評価は必ずしも行われないです。

 トップダウンリーズニングプロセスは、これらとは異なり、面接と観察の両面から作業機能障害を立体的に思考し、評価します。このアプローチは、クライエントの作業機能障害をより包括的に理解することを可能にします。

 これらのリーズニングプロセスは、5つの作業療法リーズニングと共に、作業療法士が直面する複雑な実践の状況を、異なる角度から理解するためのものです。作業療法士はこれらについて適切に理解し、運用することで、クライエントに対して効果的な作業療法を提供することができます。多角的な思考法を取ることにより、作業療法士はクライエントの生活の質を向上させる作業療法につなげることが可能になります。

まとめ

 本記事では、作業療法におけるリーズニングプロセスの本質と、その重要性を掘り下げてきました。ここでは、ボトムアップリーズニングプロセス、トップトゥボトムアップリーズニングプロセス、そしてトップダウンリーズニングプロセスの3つの主要なリーズニングプロセスを詳しく検討しました。ボトムアップリーズニングは、クライエントの心身機能障害や環境因子に注目し、トップトゥボトムアップリーズニングは作業機能障害を初期の焦点とし、その後、背景にある要因を探求します。一方、トップダウンリーズニングは、首尾一貫して作業機能障害を包括的に捉えます。これらのプロセスは、作業療法実践におけるクライエントのニーズを理解し、効果的な介入を計画し実施するために不可欠です。

作業療法リーズニングをもっと学びたい人へ

 本記事では、リーズニングプロセスについて解説しました。さらに深く作業療法リーズニングについて学びたい方は、無料Webセミナー「作業療法リーズニング入門講座」に参加してください。このセミナーでは、私(京極)が講師を務めており、作業療法リーズニングについて詳しく解説しています。作業療法リーズニングは、作業療法士としての専門性を高めるための重要なツールです。無料Webセミナーを通じて、作業療法リーズニングの全容を理解し、日々の業務に活かしていただければ幸いです。

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文献

[1] Fisher AG, Marterella A: Powerful Practice: A Model for Authentic Occupational Therapy. Center for Innovative OT Solutions. 2019

[2] 藤本一博,小川真寛,京極真・編:5つの臨床推論で整理して学ぶ 作業療法リーズニングの教科書.メジカルビュー社,2022

著者紹介
京極 真
京極 真
Ph.D.、OT
1976年大阪府生まれ。Ph.D、OT。Thriver Project代表。吉備国際大学ならびに同大学大学院・教授(役職:人間科学部長、保健科学研究科長、(通信制)保健科学研究科長、他)。首都大学東京大学院人間健康科学研究科博士後期課程・終了。『医療関係者のための信念対立解明アプローチ』『OCP・OFP・OBPで学ぶ作業療法実践の教科書』『作業で創るエビデンス』など著書・論文多数。
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